白鳥山 荘厳寺
〒742-2804山口県大島郡周防大島町日前1992

淡路島、小豆島につぐ瀬戸内海で3番目の大きさの周防大島。地図で見ると、広島と山口の県境を南に下ったあたり。その島の中ほどに位置する、日前(ひくま)地区にあるお寺が「白鳥山荘厳寺(はくちょうざんしょうごんじ)」です。

 

近くには「白鳥八幡宮」、あたり一帯は「白鳥海岸」とよばれている浜が続いています。このお寺が建っている場所も、もともとは浜だったそう。住職も「白鳥さん」。どうやら昔からその名で親しまれている地域のようです。「白鳥」尽くしの、気持ちのいい場所です。

 

永禄元年(1558年)、日向(大分県)の伊藤久伝という侍がこの付近に移住し草庵を結んだのがこの寺の起源。門徒の増加に伴い、しばらくして現在の場所に移築されました。

 

『昔は子供たちが境内にあふれかえっていたんよ~。』

 

戦後すぐ生まれた現住職の白鳥文明(ぶんめい)さんが、子どもの頃の記憶をこう話してくれました。寺子屋の文化を引き継いだ「日曜学校」が、このお寺で昭和まで続きます。

 

農家が非常に多い地域で、親の仕事中に子供を遊ばせたり、学ばせたり。地域にとっても助かる存在だったようです。豆腐屋、下駄屋、傘屋、呉服屋、ケーキ屋、旅館、自転車屋。付近には60店ほどの店が並び「村を出なくてもモノがそろう」、そんな時代でした。

 

『橋ができて、変わったと思う。』

 

島の産業の中心は「みかん栽培」で、山口県のみかんといえば80%以上が周防大島産。昭和の時代、好況が続く中で昭和51年(1976年)に初めて「大島大橋」が架かり、本州と陸続きになりました。そこが転機の一つとなったようです。

本州側の市街で買い物を済ませる人が増え、商店が激減。「みかん栽培」も経済や環境の変化から徐々に作付が減っていきました。橋の完成だけが理由ではありませんが、人口も今では当時の半分ほどとなってしまいました。

 

それでも、この数年、島では住民の「転出」よりも「転入」が増えています。

住職に「周防大島の好きなところはどんなところですか?」と聞くと、

 

『安心して居れる。っていう感じかなあ。』

 

と答えてくれました。

人間関係にしても、食べ物にしても、根源的に安心しきって生きていける場所なんじゃないか、と。地元に生まれ育った住職が言うので、そうなのかもしれません。

 

 

『聴いたことのないことを聴くのは、非常に大事なんよ。』

 

中、高、短大と美術教員と僧侶を長く兼務していた住職と、かつて日曜学校や幼稚園があったお寺。

 

荘厳寺で行われる初めての「数学の演奏会 in 周防大島」。果たしてどんな会になるんでしょう。

当日までのおたのしみです。